更新日:2025年12月5日

今日は「怒り」について、ちょっと身近な視点から考えてみたいと思います。

 

古代ギリシャの哲学者ピタゴラスは「怒りは無謀をもって始まり、後悔で終わる」と言いました。

 

短い言葉ですが、怒りの厄介さを見事に表しています。

たとえば2006年のサッカー・ワールドカップ決勝でのジダン選手。家族を侮辱され、思わず頭突きをしてしまい退場に。

 

結果、チームは大事な試合で苦しくなり、予定されていた引退セレモニーまで中止に。本当に一瞬の怒りが人生の大事な場面を変えてしまいました。

日本の歴史でも同じようなことがあります。浅野内匠頭が松の廊下で吉良上野介に斬りかかった、あの刃傷事件です。

 

挑発に耐えきれず怒りを抑えられなかったことで、浅野家は取り潰しになり、家臣たちは浪士へ。

 

いわば、浅野内匠頭が怒ってしまったがために、赤穂浪士を道連れにしてしまったとも言えるわけです。

 

討ち入りは「忠義」として語られますが、そもそもの始まりは一瞬の怒りです。

 

こうした大事件を見ると、怒りって本当にやっかいだなと思いますが、実際は私たちの日常にも同じことが起きています。

 

夫婦のちょっとした言い合い、子どもにイラッとして強めに言ってしまう瞬間、逆に親に反抗してしまう子どもたち。

 

どれも後になって「なんであんな言い方したんだろう」と自己嫌悪になることがありますよね。

 

だからこそ、怒りを感じたその瞬間に一呼吸置くことが本当に大事なんだと思います。

 

深呼吸する、少し場を離れる、相手の言葉をそのまま受け取らず「今、自分は怒っているな」と気づくだけでも全然違います。

怒りをなくすことなんて誰にもできません。でも、怒りに振り回されず、うまく扱うことはできます。

 

ジダンや浅野内匠頭の出来事は、昔の話のようでいて、実は私たちの日常にそのまま応用できるヒントにあふれているんですよね。

 

夫婦関係にも、親子関係にも、そして大人同士・子ども同士のコミュニケーションにも、ぜひ生かしていきたい考え方だと思います。

 

「怒りは無謀をもって始まり、後悔で終わる」

 

思い当たる経験ありませんか、、、、。